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乳がん患者の食や心を支える
さまざまな取り組み。

黒木がん研究所研究員 黒木 美紗MISA KUROKI

 × 院長 黒木 祥司SHOJI KUROKI

はじまりは、乳がん患者さんの声。

黒木クリニックでは、患者さんの日常生活をサポートするためにカフェの運営やワークショップ、調査研究を行っています。この活動をはじめたきっかけは、乳がん患者さんを医療以外の面からも支えたいという想いからです。

乳がんが見つかると、「いままでの食習慣が悪かったのではないか」「なにか生活を変えるべきなのではないか」と多くの方が思い悩まれます。心配から食欲が落ちてしまったり、抗がん剤治療中に味の感じ方が変わって食事に悩まれる方もいらっしゃいます。クリニックで乳がんの診療をしていくなかで、そういった食事や生活の悩みを患者さんから相談されることも多く、日常生活についてのサポートが必要だと感じていました。

しかし、生活面や心理面については様々な情報が入り乱れ、玉石混交の状態です。そこで、正しい情報を発信する機関として「黒木がん研究所」を、お食事のサポートをする場として「養生カフェことほぎ」を立ち上げました。

食事への不安をサポートする。

がんになると「これはがんに良い」「これを食べるとがんになる」といった情報がたくさん届くようになります。そういったなかで、ときとして「がんに悪いもの」を避けようとするあまりに食生活を極端に変えてしまう患者さんもいらっしゃいます。しかし、どんな食材にも「適量」があり、とりすぎ・とらなさすぎはよくありません。

たとえば、赤身肉や糖はがんに悪いと思われがちですが、どちらも人間の身体を作るための大事な栄養素を多く含んでいます。これを完全に断ってしまうと、かえって健康に悪影響を与えることもあります。がんのリスクを上げず、かつ身体に必要な栄養をしっかり摂れる量を食べることが大事です。
とはいっても、様々な研究を見比べながら「適量」を決めるというのはなかなか難しいことですよね。そこで、「養生カフェことほぎ」では医療と研究のプロの目線から、最新の研究データに基づいた適切な栄養バランスでお食事を提供できるようメニュー開発をしています。乳がんの患者さんが安心してお食事でき、栄養もしっかりとっていただけるカフェを目指しています。

手術や放射線療法・抗がん剤治療など、乳がんの治療にしっかり取り組んでいくためには、患者さんが体力のある状態で治療を受けることがとても重要です。極端な食生活の変化で体力が落ちてしまうと、治療の継続がむずかしくなることもあります。様々な健康情報に惑わされることもあると思いますが、さまざまな食材を適切な量でバランスよく食べ、体調を整えることが重要です。

患者さんに安心して食べていただくために、食材にもこだわっています。カフェで使用するお野菜は、久山の畑で育てた無農薬野菜です。乳がんの患者さんのためにカフェを作ると決めた2012年頃から土づくりを始め、3年の準備期間を経て、安定して無農薬のお野菜が取れるようになった2015年にカフェをオープンしました。最初の頃は院長夫妻が中心になって、試行錯誤しながら畑づくりをしたんですよね。

私自身も、クリニックが休みの日にはいまでも畑仕事を手伝っています。手術で鍛えた結紮(けっさつ)の技でトマトの棚を組んだり、耕運機をかけたり…。

人の手で大事に育てた四季折々のお野菜は、栄養価を損なわないよう低温で蒸してお出ししています。お野菜にはあえて味付けせず、3種類のつけだれを添えているのですが、この出し方にもきちんと理由があります。

抗がん剤治療を受けている最中は、副作用で味覚が変化することがあるんです。今日は口の中が苦く感じる、今日は味が薄く感じる、など、その日によって感じ方も変わります。

そこで、その日のコンディションやお好みに応じて、自分自身でタレを選んで、食べやすい味を調整していただけるようにしているのです。副作用で味覚が鈍くなっているときにもスパイスを効かせた料理はおいしく感じやすいという研究もあるため、抗酸化作用の高いスパイスやトマトを使ったカレーもご用意しています。

健康な食事というと「あれはだめ、これは食べない方がいい」という情報に偏りがちですが、養生カフェことほぎでは「お肉はこれくらい食べていいんですよ」「お砂糖や乳製品も食べられますよ」という見本をお見せする場でありたいと思っています。スイーツは国産小麦粉やきび糖を使用したり、安心して食を楽しんでいただけるよう工夫しています。
健康志向のカフェとしてTVや新聞でも取り上げていただくこともあり、最近では一般のお客様もたくさんいらっしゃるようになりました。それでも乳がん患者さんのためのカフェというコンセプトは変わりません。抗がん剤などで食欲がないとき、食べられるものに限りがあるときなど、お気軽にご相談いただければと思います。

当院での診察の後にことほぎに行くのを楽しみにしている患者さんもたくさんいらっしゃいます。食事を律するあまり体力が落ちてしまっては本末転倒ですから、おいしく安全なものを楽しく食べてもらえたらと思います。

治療中の不安をサポートする、マインドフルネスの時間。

がんの治療中は、身体のきつさや将来への心配で気持ちが落ち込んでしまうこともあります。また、たくさんの健康情報に翻弄されて不安になることもあるでしょう。患者さんにはフィジカルだけでなくメンタルの支援も必要だと日々の診療で感じています。

そこで黒木がん研究所では、乳がんの患者さん向けのヨガレッスンや写経会など、マインドフルネスな時間をつくるワークショップを実施しています。ヨガレッスンでは、「乳がんヨガインストラクター」の有資格者と連携して、手術後の身体に負担をかけない動きでも心身のリラックスにつながる時間を作っています。参加者アンケートでは実際に身体が楽になったとか、心の持ちようが変わったというお声をいただいております。

長期の治療を続ける中で、精神的に落ち込んだりすることもあると思うので、患者さんのコミュニティとしても意義があると思います。

あたらしく、正しい知識をお届けする。

さまざまな健康情報で不安にならないように、最新の研究データに基づいて、正しい知識をお届けするための勉強会や講演会も開催しています。

これまでに開催した講座は、「乳がんの患者さんのための栄養学講座」、作業療法士による「がん治療中の身体のメンテナンス」、お子さん向けを対象とした「親子でまなぼう乳がんのこと」等です。
「乳がん患者さんのための栄養学講座」は患者さんからの関心も高く、食事について悩まれる方が多いことを痛感しています。参加者は黒木クリニックの患者さんに限らず、他の病院に通われている乳がん患者さんやご家族、看護師さんや栄養士さんなど、専門職の方が聞きに来られることも。出張講演のご依頼も多く、乳がん患者さんの患者会等に出向いて講演することもありました。

お子さんを対象とした「親子でまなぼう乳がんのこと」という講座では、子どもたちが医師になりきって模型乳房で乳がんの触診体験をしたり、マンモグラフィや放射線技師の仕事について学んだりしました。乳がんの知識や医療の仕事に複合的に触れられる機会になったのではないかと思います。※1

この数年は新型コロナウィルス流行の影響で講座の開催を控えており、動画コンテンツの制作を勧めています。乳がんになった方が悩みに直面したときに、わかりやすく正しい情報にアクセスできる助けになれば幸いです。

※1)「親子でまなぼう乳がんのこと」は一般社団法人メディワーククリエイトとの共催で開催されました。

乳がん患者さんを支えるために。

乳がんの患者さんは治療と向き合いながら、日常の暮らしを維持していくために日々悩まれたり、多くの努力をされています。そんな方のために、せめてリラックスできる場所を提供する、わかりやすく正しい知識をお伝えするなど、お役に立つことができれば幸いです。

治療中のQOL(生活の質)の向上というのは、患者さんにとって大切なことです。医療的なサポートを提供する「黒木クリニック」と、お食事やメンタル面などの暮らしのサポート、乳がんに関する知識の提供を行う「黒木がん研究所」。互いに連携して、患者さんを多角的に支えていきたいと思います。